枕草子第117段「湯は」
三大温泉を挙げているらしいが、清少納言が其処に行ったかどうかは、多分行かなくて、
知識として披露したのではないかと考える。
ただ、この117段は、事情が複雑で、掲載してない欠落本が多く、
WEBでは、枕草子自体が十全にWEB化されてない状況にあるようです。ゆえに、117の全文を把握できない。
某大学所有の古写本が全ページWEB化されているが、
この117段が出る本かどうか。また、古文書として、解読する実力が必要だ。
さて、その中に、有馬温泉が挙げられている。
有馬温泉は、江戸時代にも有名で、
奥の細道44段の 山中温泉で、
有馬の次に効き目があるのではないかと書いている。
芭蕉が、有明 と書き誤ったと言われるが、あるいはわざと有明と言う虚構を立てておいたとは、考えてよい解答かも知れない。
バランス上、有馬 が日本一だとは言いかねるのではなかったか。
ゆえに、天下の全温泉を一つ代表させた有明との文学的すり替えが有馬を意識させて行われてるとか言えないかどうか。
芭蕉らが有馬温泉に行ったのかというと、
多分行ってはないと考える。